ヤンウィズ

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世界一貧しいウルグアイ元大統領ムヒカから学ぶ今の時代の幸福論

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こんにちは、ショーンです。

みなさん何が自分にとっての幸せだと思いますか。

 

お金がたくさんあることですか?

美味しいものをたくさん食べることですか?

いい洋服を着ることでしょうか?

よくみなさんが言う幸せとは、本当の幸せなのか…今回、ちょっとだけ考えてみてください。

本当の幸せって何ですか?

日本人にあなたにとっての幸せとは何ですか?

このように質問をすると、その大半が「お金」と答えるでしょう。

 

しかし、お金によって得られるものの多くは消費されるものばかりです。

高価なブランド品には本当に価値があるのでしょうか?

例えば、『Supreme』は人気のファッションブランドですが、あのロゴにどれほどの価値があるのでしょうか?300円で買える白いTシャツに、赤のボックスのロゴがあるだけで1万円の商品になる。冷静に考えたらあり得ない価格です。

 

ブランド品をまとったり、見栄だけでいい車に乗る。

それは幸せと呼べるのでしょうか?

 

「お金」=「幸せ」なのか?

お金とは、それを稼ぐために働いたあなたの人生の時間です。

お金そのものには価値はなく、あなたの人生にこそ価値があるのです。

 

ムヒカ元大統領はこんなことを言っています。

物であふれることが自由なのではなく、時間であふれることが自由なのです。大きな荷物を背負っては、長旅に出ることはできません。人生は旅なのです。

 

世に言う幸せとは準備された餌である!

なぜぼくたちは今、幸福について考えるべきなのでしょうか?

みなさんは今本当に幸せになれているのか考えてみてください。

たくさんのものに囲まれ、ブランドを買いあさったり。美味しいものを求めて大金を払ったりする様なことは本当の幸せでしょうか?

ぼくはこの様に今の日本人が幸せだと思う多くのことが、世の中によって準備された餌だと思っています。

 

資本主義にとって必要なことは、大量のものを売ることと、ものを作るための労働力の確保が欠かせません。そのための仕組みの鍵となるのがお金です。お金を価値があると、自分の人生を削ってでも稼ぐ価値があると思わせることこそが、資本主義社会が狙っていることであり、餌だと言えるでしょう。

 

「足るを知る」を理解した人こそ本当の幸せ者

足るを知る!

自分の身の丈を受け入れ、それに見合った量のものだけで生活する。

この考え方は昔から日本人が大切にしていた考えです。

 

今の日本人はどうでしょうか?

ものに囲まれて、それでも買い物をすれば欲しいものはすぐに見つかります。

家でもお腹いっぱい食べれるのに、もっと美味しいものはないかと探し回ります。

 

別にその幸せを悪いというのではありません。しかし、それを突き動かす欲は果てることなくどこまでも続いていくのです。

その欲に突き動かされているうちは、足るを知ることなど到底不可能ですし、本当の幸せを得ることなどできないとぼくは感じます。

 

僕たちにとって本当の幸せは何なのか?

僕たちにとって幸せって何でしょうか?

 足るを知る、これを理解することでお金を稼ぐことが幸せに直結することではないということは明白になりました。幸せはたくさんのものに囲まれていることではありません。

なぜなら、世界にたった一人ぼっちになってしまったとき、ブランド品を身につけていても、どれだけ美味しいものを食べても幸せなんて感じないからです。

 

大切なことは「愛せること」ぼくはこのように感じます。

ぼくは決してキリスト教ではありません。他の変な宗教信者でもありません。しかし、この宗教を作ってきた人々が言って来たことは本質を捉えていたのではないかと思います。

 

友達、家族、恋人、あなたを支えてくれている人たちと過ごす時間こそが何よりの幸せだと感じませんか?

もちろんそのためにはお金も必要です。

しかし、そんな愛すべき人たちとの時間を削ってお金を稼ぐことが本当に大切なことでしょうか?今の社会は、お金を餌に人々の幸せを奪っているとぼくは思います。

働くこと、お金を稼ぐこと。これは大切なことですし、これからも続けていかなければなりません。

しかし、絶対にお金に働かされてはいけません。高価なもの、美味しいもの。こう言ったあなたの幸せな時間を奪うもののために働くべきではないと思います。

あなたが幸せになれる方法は他にあります。

それについて少しでも考える時間をとってみてください。

ムヒカ大統領の伝えんとすることはこう言ったことだとぼくは感じました。

 

幸福とは何か?

あなた自身もこの問いを自分なりに考えてみてください。

 

では、ウェッサイ!!

 

番外編↓↓

世界一貧しい大統領ムヒカの助言(読みたい方用)

会場にお越しの政府や代表のみなさま、ありがとうございます。

ここに招待いただいたブラジルとディルマ・ルセフ大統領に感謝いたします。私の前に、ここに立って演説した快きプレゼンテーターのみなさまにも感謝いたします。国を代表する者同士、人類が必要であろう国同士の決議を議決しなければならない素直な志をここで表現しているのだと思います。

しかし、頭の中にある厳しい疑問を声に出させてください。午後からずっと話されていたことは持続可能な発展と世界の貧困をなくすことでした。私たちの本音は何なのでしょうか?現在の裕福な国々の発展と消費モデルを真似することでしょうか?

質問をさせてください:ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てばこの惑星はどうなるのでしょうか。

息するための酸素がどれくらい残るのでしょうか。同じ質問を別の言い方ですると、西洋の富裕社会が持つ同じ傲慢な消費を世界の70億〜80億人の人ができるほどの原料がこの地球にあるのでしょうか?可能ですか?それとも別の議論をしなければならないのでしょうか?

なぜ私たちはこのような社会を作ってしまったのですか?

マーケットエコノミーの子供、資本主義の子供たち、即ち私たちが間違いなくこの無限の消費と発展を求める社会を作って来たのです。マーケット経済がマーケット社会を造り、このグローバリゼーションが世界のあちこちまで原料を探し求める社会にしたのではないでしょうか。

私たちがグローバリゼーションをコントロールしていますか?あるいはグローバリゼーションが私たちをコントロールしているのではないでしょうか?

このような残酷な競争で成り立つ消費主義社会で「みんなの世界を良くしていこう」というような共存共栄な議論はできるのでしょうか?どこまでが仲間でどこからがライバルなのですか?

このようなことを言うのはこのイベントの重要性を批判するためのものではありません。その逆です。我々の前に立つ巨大な危機問題は環境危機ではありません、政治的な危機問題なのです。

現代に至っては、人類が作ったこの大きな勢力をコントロールしきれていません。逆に、人類がこの消費社会にコントロールされているのです。私たちは発展するために生まれてきているわけではありません。幸せになるためにこの地球にやってきたのです。人生は短いし、すぐ目の前を過ぎてしまいます。命よりも高価なものは存在しません。

ハイパー消費が世界を壊しているのにも関わらず、高価な商品やライフスタイルのために人生を放り出しているのです。消費が社会のモーターの世界では私たちは消費をひたすら早く多くしなくてはなりません。消費が止まれば経済が麻痺し、経済が麻痺すれば不況のお化けがみんなの前に現れるのです。

このハイパー消費を続けるためには商品の寿命を縮め、できるだけ多く売らなければなりません。ということは、10万時間持つ電球を作れるのに、1000時間しか持たない電球しか売ってはいけない社会にいるのです!そんな長く持つ電球はマーケットに良くないので作ってはいけないのです。人がもっと働くため、もっと売るために「使い捨ての社会」を続けなければならないのです。悪循環の中にいるのにお気づきでしょうか。これはまぎれも無く政治問題ですし、この問題を別の解決の道に私たち首脳は世界を導かなければなりません。

石器時代に戻れとは言っていません。マーケットをまたコントロールしなければならないと言っているのです。私の謙虚な考え方では、これは政治問題です。

昔の賢明な方々、エピクロスセネカアイマラ民族までこんなことを言っています

「貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」

これはこの議論にとって文化的なキーポイントだと思います。

国の代表者としてリオ会議の決議や会合にそういう気持ちで参加しています。私のスピーチの中には耳が痛くなるような言葉がけっこうあると思いますが、みなさんには水源危機と環境危機が問題源でないことを分かってほしいのです。

根本的な問題は私たちが実行した社会モデルなのです。そして、改めて見直さなければならないのは私たちの生活スタイルだということ。

私は環境資源に恵まれている小さな国の代表です。私の国には300万人ほどの国民しかいません。でも、世界でもっとも美味しい1300万頭の牛が私の国にはあります。羊も800万から1000万頭ほどいます。私の国は食べ物の輸出国です。こんな小さい国なのに領土の90%が資源豊富なのです。

私の同志である労働者たちは、8時間労働を成立させるために戦いました。そして今では、6時間労働を獲得した人もいます。しかしながら、6時間労働になった人たちは別の仕事もしており、結局は以前よりも長時間働いています。なぜか?バイク、車、などのリポ払いやローンを支払わないといけないのです。毎月2倍働き、ローンを払って行ったら、いつの間にか私のような老人になっているのです。私と同じく、幸福な人生が目の前を一瞬で過ぎてしまいます。

そして自分にこんな質問を投げかけます:これが人類の運命なのか?私の言っていることはとてもシンプルなものですよ:発展は幸福を阻害するものであってはいけないのです。発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。愛情や人間関係、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限のものを持つこと。これらをもたらすべきなのです。

幸福が私たちのもっとも大切なものだからです。環境のために戦うのであれば、人類の幸福こそが環境の一番大切な要素であるということを覚えておかなくてはなりません。

ありがとうございました。

 

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