ヤンウィズ

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ぼくは普通という言葉が嫌いだ!普通とは何ですか?

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こんにちは、ショーンです。

みなさん日常で、「普通」という言葉をどれぐらい使いますか?

 

多くの日本人は、10分休憩の立ち話の間でも3〜5回使っていると思います。(実際に周りの人と話す時に数を数えただけです)

よく使われる「普通」という言葉。

ぼくはこの言葉がずっと前から大嫌いです。

 

普通とはいったい何ですか?

 

誰にとっての普通なんですか?

 

何も考えずに発している言葉ですが、この記事で少しだけ目を向けてみましょう。

普通とはいったい何なのか?

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普通とはいったい何なのでしょう。

みなさんは、普通と思い浮かべて何か思いつくことはありますか?

 

ぼくは全くもってイメージすることができませんでした。

それは当たり前、普通という言葉は存在していますが、真の意味での普通という状態は存在しないからです。こういう言葉は数多く存在しますが、普通という言葉はその中でも一番タチが悪いです。

 

多くの人は日常生活で普通というものがさもあるかのように「普通はさ〜」「普通やろ!」「普通じゃん」と口走ってますが、そんなもの無いのに、何を持って普通だと言っているのでしょうか?

 

これには、人間に備わっている社会的な共通意識が関係しているとぼくは思っています。共通意識とは、人間が社会を築いて行く過程でとても役に立つ意識でした。

それは、みんなが自分と同じ感覚であるという安心感と、自分の考えは間違ってないという自信をぼくたちに持たせてくれていたのです。

しかし本当に自分と、他人は同じような感覚を持っているのでしょうか?

 

全く同じ普通を皆が持っているのか?

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人間社会において、多くの人間は人を殺してはいけないというルールを守ることができます。これは当たり前だし、世間一般において普通にみんなが守ることができるルールだと…

思い込んでいませんか!?

普通というものがあるとすると、なぜ殺人者が生まれるのでしょう?

なぜ人の物を盗む人が出てくるのでしょうか?

 

猟奇的殺人者にだけ、普通という感覚はないのだ。このように言い切ってしまうこともできます。

しかし、答えはもっとシンプル。

皆が思い描いている普通というものが幻想なのです。

 

社会は普通を求めている

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なぜルールというものがあるのでしょう?

なぜ宗教というものが存在しているのでしょう?

なぜ教育は一緒の教室で行われるのでしょう?

 

これは、社会が普通を求めているからです。

社会というものはある程度、同じような感覚を持ち合わせた集団でなければ作ることができません。だからこそぼくたちは教育段階で世の中にありもしない普通というものを教え込まされます。

 

一昔前、詰め込み教育への批判が殺到した時期がありますが、教育機関とはそもそもそういった社会を構成する一人一人がはみ出したり、社会を乱さないように行われているものなのでしょうがないのです。

最近は、教育を変えたいと言っている学生が多くいますが、そういった人々はこのことをもう少し深く考えるべきでしょう。

変えたくても、変えてはいけない部分も多く存在します。

 

まぁぼくは学校教育は嫌いでしたが…笑

 

なぜ普通が社会で必要なのか?

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なぜ社会にとって普通というありもしない虚構の感覚が必要なのでしょうか?

ここには無意識の恐怖が介在していると思います。人間誰しもひとりぼっちになるのが怖いものです。

でも誰も同じ考えの人なんて存在しません。

言葉では意思疎通しているつもりかもしれませんが、それもただの音を聞いているだけで相手の考えを本当の意味で知ることはできません。

 

だからこそぼくたちはこう考えるのです。

「俺だったら普通はこう考えるよな。」

相手が喋っていることなんて、ただの音のつながりに過ぎません。

相手のイメージをテレパシーで送ることができれば本当に他人の考えていることを知ることができますが、今の所無理です。

 

なぜ普通が社会で必要なのか?

それは社会を構成するために、周りのやつが考えていることや感じていることが自分と同じなのだと勘違いするためだと思います。

しかし現実、「人との繋がり〜」なんて綺麗事を言いながら、人間は皆一様にひとりぼっちで生きているのです。

そして、その寂しさを補うために社会を作り、普通という感覚を生み出したとも言えるでしょう。

 

もし普通という考えがなければ

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ぼくは普通という考え方が嫌いですが、無くなってしまうのもどうかと思っています。

例えば、もし社会を構成する人が普通という感覚を持っていなければ…

そもそも、そんな集団では社会を作ることさえできないでしょうが、道端はゴミや汚物で溢れ、殺人は日常で行われ、カオス状態。

それこそまさに、北斗の拳の世界が展開されていることでしょう。

 

だからぼくは、普通という感覚ではなく、他者に優しくするという感覚を持つことで社会的、人間的生活が送れるようになることに取り組んでいます。 

今の状態で、世界から普通という言葉が無くなれば、悲しいことが起きるに違いありません。

コレって、何だか人間に備わった本音と建前の悪い部分のような気がします。

 

ぼくは普通という言葉が嫌い!

ぼくの本名は「珠晏」と言います。

変な名前でしょ!?

よくキラキラネーム?外国人?ハーフ?なんて言われますが、全くもって違います。

 

親が必死に考えてつけてくれた名前です。

この名前のおかげで、早期の段階で人と違うことの面白さに気がつきました。

本当の意味でぼくはひとりぼっちだという事に気がつきました。

他人の考えていることは、言葉というただの音の繋がりでしか理解していない事に気がつきました。

 

気づいた上で、他人とは違う自分を意識したいし、ひとりぼっちでも強くいきたいし、自分なりに他人のことを理解したいと思っています。

 

今のぼくには普通という感覚はいりません。

でもぼくの中にはすぐに普通が戻ってきます。

だからこそ普通を強く否定します。

ぼくは普通が嫌いです!

 

もちろん、社会の中では普通に生きていきますけどね!笑

 

では、アディオス!!