ヤンウィズ

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テクノロジーが人間の仕事を奪うなんて嘘だ!むしろ仕事は増えているじゃないか!

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こんにちは、ショーンです。

今回はテクノロジーと仕事についてお話していこうと思います。

 

最近よく耳にすることで、「テクノロジーが人間の仕事を奪うのではないだろうか?」という疑問があります。

ここでハッキリと断定します。

その手の考え方は間違っています。

 

また「仕事が奪われたらむしろ遊びを仕事にすればいい!

このように考えている人もいますが、今の時代でも遊びの中で仕事をしている人はいますし、この辺りの考えはテクノロジーがどうこうというよりも、精神性の問題だと思います。

ぼくは、好きなことを仕事にしようとしているので、むしろ現代においても遊びを仕事にするつもりです。

 

ちなみに、世の中の人が仕事を全てテクノロジーに任せて、遊びの中で暮らす世界なんてものは到底来ないでしょう。

百歩譲っても、ぼくらの生きている時代には起こらず。また、多少はあったとしても、それは以前から存在したごく一部の大富豪たちの生活です。

ぼくらのような一般の民たちは、大富豪たちをよそ目に仕事を続けているでしょう。

テクノロジーの進化に伴う雇用の増大のパラドックス

テクノロジーは日々進化しています。

現在でも、スマートホーム、自動運転、ペッパーくん。

人工知能やロボティクスを中心として様々な開発が進んでおり、テクノロジーの発達に伴って、便利なものや人間の時間効率を上げてくれるものが世の中にたくさん生み出されてきました。

 

テクノロジーが今よりも発展していなかった頃って?

では、時代を少し遡って見ましょう。

1960年、この記事を書いているのが2017年なので57年前。ぼくは当然生まれていませんし、今この記事を読んでくださっている読者の多くもまだ生まれていない頃のお話です。

 

この時代の日本人はどんな生活だったのでしょうか?

時代はちょうど高度経済成長の真っ只中。

国民所得倍増計画が池田内閣から発表された年でもあります。

この計画は日本経済のパラダイムシフトであり、ここから日本という国が豊かになっていったと言っても過言ではありません。

また新三種の神器という言葉が登場したのも1960年です。その煽りもあってか家電製品が飛ぶように売れました。

 

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図を見たらわかりますが、第二次産業(主に製造業など)が第三次産業(サービス業)と同じくらい就業者を抱えています。

 

今のようにロボットアームでの組立が無かったため、全ての自動車や家電は手作業で組み立てられていました。

 

 

仕事は果たして減っているの? 

さて、今回大事なことは、テクノロジーの発展によって人間のこなす仕事は果たして減っているのかということです。

結論から言います。

仕事は前よりも増えています!

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就業者数の推移を見て見ると、1980年よりもテクノロジーは格段に進化したにも関わらず、就業者も増加しています。

仕事についている人が増えているという事は、必然的に仕事の数は減っていないと言えるでしょう。

 

なぜこれまで、テクノロジーに仕事は奪われなかったのか?

ヒントは下のグラフです。

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90年と95年の間に点線が引かれ、就業構造が細分化されているのが見て取れます。

これが仕事が無くならなかった理由の1つ。

 

答えはシンプルで新しい仕事が生み出されていったからです。

逆に考えて見ましょう。90年代に比べて、現代の方が新しいものを、新しい形態の仕事が生まれるスピードは早まっていませんか?

そう、現代においてはテクノロジーの発展によって、仕事は減るどころか増えていると考えた方が自然です。

 

農業の雇用はなぜテクノロジー奪われたのか?

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逆に仕事が減って行く業態もあります。

テクノロジーの発達のあおりをもろにくらったのは農業ではないでしょうか?

農業人口は確実に減っています。

 

しかし、決して人間の胃が縮んで、ぼくたちが少食になったわけではありません。

むしろ海外では肥満率は増えています。

生産効率も日に日に上がっているでしょう。

これはテクノロジーによる農業雇用の減少と考えられます。

 

では彼らはどこに行ったのでしょうか?

 

農家で仕事をしていた人々は今どこへ?

農業に従事していた人々は今どこへ行ったのか?

ぼくの知り合いの中には、農学部を出た後に農業をする事なく、企業で新しい農産物の研究をしている人がいます。

 

このように、畑や田んぼを耕すことだけが農業ではなくなってきたのです。

少しスケールを広げて農業者を食に従事する人として見てみましょう。

 

食に従事する人の数は昔と比べて確実に増えています。

テクノロジー、例えばトラクターなどが導入され、収穫量が上がったぶん、卸売産業に従事する人が必要となりました。農産物を売る店(スーパー)の数は激増しました。また飲食店の数も高度経済成長期と比べると格段に増えていると思います。

 

この様に、テクノロジーの出現で一見雇用が減っている様にみえますが、他に分配されてバランスを保っているだけのです。

 

多くの人が仕事がなくなると言ってきた

「人間はテクノロジーに仕事を奪われて用済みになる!」過去に多くの人がそのような事を言ってきました。

 

 

彼らが提言した時代時代で、テクノロジーは人間の仕事を奪うのではないだろうかと囁かれてきました。

しかしそうはなりませんでした。

 

仕事がなくなる!と叫ぶ愚かな預言者たち

現状を見てください。アルバイトの情報は世の中に溢れ、実際に雇用の窓口は大きく我々に開かれています。仕事を選びさえしなければ、ひとりに2つ以上の仕事を分け与えても仕事は無くなりません。

今現在、我々の仕事がテクノロジーに奪われている感覚なんて無いでしょ?

未来もそうだと思います。

 

仕事がなくなると言い切る予言者たちは、実際に未来の世界を見てきたわけではなく、「ぼくには未来に存在する仕事が思いつかない。だからぼくの子供、そして将来生まれてくる人々にも思いつかないだろう。だから仕事は無くなるんだ!」この様な傲慢な考えの持ち主に過ぎないのです。

 

テクノロジーは人間に使える時間をもたらした

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テクノロジーは人間に時間と富をもたらしました。

実際、100年前にはパソコン、携帯電話、エアコンなど多くのものがありませんでしたので、それらを人間は自分たちの力でこなしていました。しかしどうでしょうか?

 

様々な自動化により使える時間は増え、可能なことの範囲は格段に広がったと言えるでしょう。そのおかげで、新しい製品、サービス、アイデアが生まれます。

この時間はより長くなって行くでしょう。

ただ人間は必ず、空いた時間を埋めようとします。人間には果てなき欲求があるからです。

 

人間には果てなき欲求がある

なぜ人間は仕事をやめないのでしょうか?

極端な話、昭和初期の生活をするのであれば、日本人は全ての仕事をテクノロジーに任せて暮らすことが可能だと思います。

 

しかし、ぼくたちはそれを望みません。

ものが便利になればなるほどに、新しいものを求めますし、他社よりもお金を稼ぎたいという欲求から新たな製品を開発したりもします。

好きなものを継続してやって行くことで、仕事になってしまうパータンもあります。

ぼくたちは、何かしらの欲求のもとに突き動かされているのです。

 

その欲求は、テクノロジーがどれだけ発展しても抑えることは難しいでしょう。

人間にはもともと、こうした現状を高めるための向上心が備わっているのです。

 

飽くなき創造性が人間の仕事を作り出し続けるだろう

改めて言います。

これまでもテクノロジーの進化とともに、新しい仕事は生み出されてきました。これからも同じだと思います。

 

人類の創造性に、逆行する意見を言いたければ、テクノロジーが人間の仕事を奪うという無謀な賭けになってもいいかもしれません。

しかしぼくは人類の創造性を信じています。

過去に、素晴らしい創造性で新たな仕事を生み出してきた我々は、次の世代でも、またその次の世代であっても、その創造性と飽くなき欲によって、仕事を生み出し続けることでしょう。

 

誰かが言いました。

人間は仕事好きなサルだと。

 

では、アディオス!!