ヤンウィズ

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「あ」から始めてみる!!辞書を持ち歩くぼくの日常。

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こんにちは、いつも辞書を持ち歩いて生活しているショーンです!

辞書って、重さが1キロ近くあるんですよ!

あんなものもって街中を歩くなんて、修行僧以外の何者でもありません。

 

なぜぼくが辞書をもって外に出るのか?

気になった方もいると思いますので(いるのか?)簡単に説明すると、ぼくにとって辞書はバイブルだからです。

バイブルって、聖書を表す言葉じゃないの?とたまに聞かれますが、自分にとって馴染み深い本のことをバイブルと呼びます。

厳格なキリスト教徒が肌身離さず聖書を持ち歩いているように、ぼくは辞書を持ち歩く変人です。

なぜ辞書を持ち歩くのか?

最近記事でも公開しましたが、ぼくは小説家になりたいと思っています。

いや、正すと小説家のような表現力豊かな発信者になりたいと思っています。

 

表現力をつけたいと思った時に、まずぼくが考えたことは、何から手をつけるのか?

ただむやみに小説を書き連ねても自己満小説しか出来上がらないでしょう。

 

そこでぼくが行き着いた答えは、まずコトバを知ること。これにたどり着くまでに、夏休みの自由研究のテーマ決めぐらいは頭を働かせました。要するにあんまり頭を使っていないということですね〜笑

 

直感的ではありますが、言葉を知り、人を知り、社会を知った人は小説家として素晴らしい表現力を携えているのではないか!?そう感じたのです。

 

そうしてコトバを知る方法を考えていると、三島由紀夫にたどり着きました。

彼は幼い頃から辞書を携帯し、素晴らしい表現力で世界的に有名な小説を多く輩出した男です。彼の小説が大好きなぼくはネズミが駆けるがごとく彼のマネをしました。

 

結論、ぼくは三島由紀夫のマネをして辞書を持ち歩くこととなったのです。

 

まずは「あ」から始めてみる!!

辞書というものはとても奥深いものです。

辞書を読む意識で開いてみると、まず「あ」の壁にぶち当たります。ぼくの感覚では「あ」は、万里の長城

万里の長城は中国北東部に永遠と築かれている壁ですが、まさにそれを端まで歩くような旅路を「あ」は与えてくれます。

 

「あ」のページ数もそうなのですが、初めて辞書を読む時に味わうコトバの難しさがそれを永遠ともいえる旅路に変えているのです。

知らない言葉、知っていても意味を履き違えていた言葉、意味さえも理解の難しい言葉。ぶち当たる壁の高さと長さにうんざりしてきた頃、ぼくは辞書の奥深さを理解し面白くなりました。

 

とにかく「あ」の壁をいかに乗り越えるかは、辞書をバイブルと呼べるようになる第一歩なのです。

 

最初にどのような辞書を選ぶのか

ぼくは辞書を読み込むようになって表現力が格段に上がっていくことを実感します。

ぼくが知っていたコトバの世界が水たまりだとすると、そのコトバの世界は大海にまで広がることでしょう。

辞書は大海漕ぎ出す船のようなものです。

 

小さな船、大きな船がありますが、まずは小さな船を選びましょう。

つまり簡単な国語辞典のようなものから読み始めると良いということです。

水たまりから池、そして池から大海に出る時には川を通らなければなりません。最初は川幅がとても狭く、大きな船は至る所でつっかえるため通れません。

それと同じように、難しい大きな辞書に最初からチャレンジしてもすぐに頓挫することは目に見るより明白です。

 

しかし、小さな辞書を着々と読み進めていくとどんどんと難しい辞書も読めるようになっていくはず!

その頃には習慣的に辞書を持ち歩くようになっているので、頓挫の恐れはなく、どんな人でも毎日の辞書ライフを謳歌しているのではないかと思います。

 

辞書を読みこむと表現力は格段に上がる

知らない言葉を知ることのできた時点で表現力は格段に上がるのですが、何と言っても言葉の意味を理解することに努め出すとその違いに驚くことでしょう。

世の中にある物事を全て自分の言葉、しかも洗練された自分の言葉で表現できるようになっていきます。

 

ぼくはまだその途中なので偉そうなことを言えませんが、三島由紀夫や太宰治の小説を読む方には、ぼくの言っていることが半分ぐらいわかるのではないでしょうか。

彼らのような、今まで多くの人が体験したことのない世界に近づいていく道のりはとてもワクワクしますよ。

 

また、日頃いかに自分たちが間違った言葉の表現を携え、使っているかが身に染みてわかることでしょう。

ぼくの場合は、使っていた90%以上(とは盛ってますがそのくらい)言葉がうす汚れていることに気がつかされました。

かと言って、日常会話を改めて、文豪の書く小説に出てくる様な登場人物のように、美しく振る舞うつもりは決してないのですが、その違いを知れたことはすごく良かったと思います。

 

辞書の持つ表現力の底上げの力は、今のぼくには計り知れません。

ただ1つ言えることは、有名な小説家の多くが辞書をバイブルとしていたという事実です。

 

書く力をつけたい人は辞書を持ち歩こう

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物書きを目指す人、文章を書いて発信力を鍛えたい人は辞書を持ち歩くことをお勧めします。

毎日持ち歩くことはありません。ぼくも自分の気分によっては持って出ないこともあります。

 

ただ、毎日1ページぐらい目を通すだけでも格段にその変化が感じられるので、挑戦する価値はあるとぼくは思っています。

 

「あ」で挫折する人も中にはいるでしょう。ぼくも三度挫折しているので、人のことは言えません。

しかし、一度辞書を手にしてみると、タバコのようになかなか癖になってやめられません。必ず(とは言いませんが)辞書ライフに舞い戻ることでしょう。

 

表現力をつけるにはお勧めの方法なので、ぜひ一度試してみてはいかがでしょうか?

辞書を持ち歩く日常を過ごしている変人のススメでした。

(写真は辞典です…辞書を持ってくれば良かったのですが、最近いつも持ち歩いているのが辞典なので相棒を優先させました。辞書って重すぎ…笑)

 

ぼくの相棒の進化版はコチラ↓↓

最初から広辞苑は攻めすぎですよ〜

では、アディオス!!