ヤンウィズ

大学生や新卒など同世代の若者に向けて価値ある情報を発信しています。留学、英会話、社会問題など若者が関心を抱くテーマで書き綴るブログです。

日本人は空気を読むな!|KYが活躍する時代はすぐ目の前だ。

f:id:yoshidashuan:20170330181701j:image

こんにちは、ショーンです。みなさんは日本社会の中で空気を読みすぎてはいませんか?ぼくは日本社会で空気を読みすぎて、空気のようになっている人をよく見かけます。

空気とは気体、つまりオナラと同等ですよね。

だったら空気読みまくっている人はオナラのような人とニアイコールです。素晴らしい、空気読みまくるだけでオナラに近づけますね。

 

空気読むだけでオナラなんて…

うるさい!空気読んでる人はオナラじゃー(´∀`∩

冗談はさておき、日本にはこのようにオナラのような人がごまんといます。

日本社会はオナラを大量生産している…だから基本的に空気を読まない人達にとっては日本社会は生きづらく感じるでしょう。

 

ぼくは去年アメリカへ行ったのをきっかけに、空気を読みすぎることにいやらしさを覚えてからは、多少なりとも生きづらさを感じます。

日本社会の空気読めよってな感じの同調圧に嫌気がさしたので、今回は記事にしました。

「空気をよむ」の意味

空気をよむとは?

「空気をよむ」とは何でしょう?

はっきり言って滑稽な言葉です。空気は読めるものではないので完全に比喩表現ですが、何を意味するのでしょう。

Googleの辞書を引いたところこんな説明がのっていました。

 

その場の雰囲気から状況を推察する。特に、その場で自分が何をすべきか、すべきでないかや、相手のして欲しいこと、して欲しくないことを憶測して判断する。

引用:google国語辞書-空気を読む

ふむふむ、雰囲気や状況、相手の思惑といった目には見えないものを、空気という表現に置きかえた比喩表現だったのですね。

 

「空気を読む」の英語・類語

では英語で空気を読むとはなんというのでしょうか?

「Read between the lines」 意味:行間を読む、言葉以外を読む

この様な表現を使います。言葉以外を読む、つまりは空気を読むという意味となりるのです。海外、とくに英語圏の国では日本と違い、空気を読むことをそれほど求められません。そのため表現も空気(air)ではなく、言葉(line)を使うようです。

 

また、空気を読むの類語としては「状況を察する」「場の雰囲気を読む」「汲み取る」などがありました。いずれにしても、日本人は海外の人と比べて周りの人の思いなどを何んとなしに察する能力が高いため、それに応じて空気を読むの類語も英語と比べて多様に存在していると考えられます。

 

KYって何だったの?

さて、空気を読むの対義語としてKY(空気を読めない)という言葉があります。空気を読むでも短縮したらKYじゃんと個人的には思うのですが、そんなことは大きな声では言えません(笑)

2007年に流行語大賞をとったKYですが、現在では人々の間で使われる機会も減ってきたために死語となりつつあります。

あれ、KYって何だったのだろうか?最近疑問に感じたので少し調べてみました。

 

もともとKYという言葉は空気読めない人を暗に示す隠語として女子高生の間で広がっていたとされています。2006年の秋頃、メールやインターネットの掲示板等でよく使われていたKYをメディアが取りあげた影響で関東を中心に広がり、全国的に認知され始めました。

 

もとが隠語なのであんまりいい印象の言葉ではないですが、頭文字をって省略するような新しい隠語の先駆けとなった言葉として当時は良く使われてましたね。

それにしても空気を読めないだけで隠語で呼ばれてしまう日本社会はホントに生きづらいです。なぜ日本人は空気を読むことをするのでしょうか?

 

 

なぜ日本人は空気を読むのか

日本人は国民性として空気を読む能力を持っています。この力は海外の人からするとエスパーとしか思えないことでしょう。

なぜ日本人は空気を読むのかという疑問に対しては様々な説がありますが、一説によると宗教に理由があると言われています。

 

海外では一神教が主流。つまり神と個人との対話が一番大切になってきます。なにかを決断・意見する際は、神と自分が対話をするので主体的に物事を決める傾向にあると言えるでしょう。そこに他者は介在しないため、わざわざ他人のことを気にかける必要はないのだと考えられています。

 

それに対し、もともと日本は多神教の国。海、川、山などひとつひとつ神様がいると考えられています。そのため、神の存在を自然の様々な物事から感覚的に感じとってきました。そうした中で自分の周りの雰囲気を読み取るための力が培われ、重要視されていったのです。したがって決断・意見する際は他者の考えを踏まえ、空気を読んだ判断をするようになったと考えられています。

 

これはあくまで一説であり、なぜ日本には空気を読む文化があるのかについてははっきりとした答えは出ていません。どうしても知りたい人は文化人類学を学問してその答えをみつけてください!

 

 

ついつい空気を読んでしまう人

ぼくも今まで空気を読みすぎる人間でした。(人からどう思われてたかは知らないですけど…笑)

みなさんは常日頃から上司の顔色をうかがったり、周りの雰囲気に合わせて無理に興味のない話に加わったりしていませんか?

 

それって自分のことを考えるととてもしんどいことなのについついやっちゃうんですよね。確かに目上の人に気を遣うことは大切。しかし、自分がやるべきことは何なのか根本的に考えた時、気を遣うことの優先順位は下がるはずです。

 

例えば会社の新規事業立ち上げ中に上司が仕事を怠けていたとします。ついつい空気を読んでしまう人は上司の分まで仕事をこなし、上司の顔色をうかがうことでしょう。

こうした行動は、会社のために本当に良いことなのでしょうか。もし、上司が怠けていて事業が先に進まないのであればチームから真っ先に上司を外し、新しいメンバーを加えることを意見した方がいいはずです。そうでなければ、事業が進むにつれ仕事量はますます増えていき彼はいずれパンクしてしまうでしょう。

 

このように、ついつい空気を読んじゃう人というには大方損をします。先ほど例であげた人も運が良ければ上司に気に入られて昇進なんてことにもつながりますが、運が悪ければうつ病です。空気を読みすぎて、日本社会からつぶされちゃう前にKYの仲間入りを果たしましょう。

簡単です、あー空気読んだ方がいいなって思ったときに真逆のことをするだけです(笑)

 

 

空気を読まずに生きてみろ!

空気を読まずにどーやって日本社会を生きていくんですか!?

かけだし君、なんびびっとーとね!!空気読まんくても死ぬわけじゃないんばい。

空気を読まずに生きること、日本人にはなかなか難しいことです。ただ、あえて空気を読まずに生きることが、ぼくは大切だと感じます。

ん、なんで?ってなると思うでしょう。

 

逆にぼくは思います。なぜみんなと合わせないといけないのですか?

日本社会は常に周りと合わせることを強要してきます。同調圧力、同調意識というやつです。こんなものにのまれて何を成し遂げることができるでしょうか?人生を社会にささげるつもりですか。

 

思ったことをはっきりと主張する!主張するときなどに日本人は空気を読むべきではないのです。 

もし過剰に空気を読んでいる方がいれば、明日から真逆の人間になるべき。

 

 

KYが活躍する時代がくる

f:id:yoshidashuan:20170330181958j:image

この先、絶対にKYが活躍する時代が来ます。根拠などは全くもってありません。ただ、日本社会と一緒に歩めば共倒れすることは目に見えています。日本人はそろそろ変化しなければいけません。

 

例えばブログはKYな意見を思いっきり言った記事ほどバズったりするものです。言っている内容がでたらめで、本質とは全くそれているものであれば誰も相手にはしてくれませんが、本質的かつ空気を読まずに思い切った意見を言っている記事はとても面白いと読者には映るのでしょう。

ブログに限らず、成功者などもその類に含まれると思います。何かを成し遂げる人はわざわざ他人の気持ちを考えた主張などしません。自分が正しいと思えば率直に意見します。

 

空気を読まない人は、個人としての社会に影響力を持つことができます。逆に空気を読んでしまう人は日本社会と同調してしまうので社会へ与える影響は必然的に小さくなるでしょう。

今の課題を抱える日本を根本から変えなければいけないと動いている人達によって日本は着実に変化していきます。

KYの方がこの変化に対応できます。なぜなら日本を変えようとしている人達の多くがホリエモンを筆頭にKY人材だから…笑

 

KYが活躍する時代はもうすぐです!

(今回KYを重宝しようという記事を書いてきましたが、最後に補足しておくとこの記事でいうKYとはあえて空気を読まない行為であり、空気読めない人とは大別されます。)

 

アディオス。