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日本の大学では学問を教えない!?|勉強と学問の違いをわかりやすく解説する

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こんにちは、ショーンです。

今回は勉強と学問の違いについての解説をしたいと思います。

とは言いましても、ぼく自身学問を始めたのはつい先日。それまでは勉強することを学問だと思い込んできました。もちろん勉強することはすごく大切なことです。ぼくは学問をすることが、勉強よりも上位にくるとは微塵も思っていません。

 

ただ以前のぼくがそうだったように、自分がやっていることが勉強なのにもかかわらず学問をしてきたと勘違いをしていることほどみじめなことはないと思います。

みなさんははたして学問をしたことがあるのでしょうか?

勉強と学問の違いとは

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そもそも学問の定義は何でしょう?

学問の定義は、学問が使われている場所によって異なってきます。例えば、学ぶという行為すべてが学問だという人もいれば、理論に基づいた体系的な知識のことであるといった風に難しい定義もあるのです。ただ今回はそれでは少し話がまとまらないので、大学生にとっての学問について考えていきましょう。

 

大学生にとっての学問と勉強の違いは、分かりやすく言えばと学ぶ姿勢にあると思います。例えば、他人や本、ネットから学ぶとき、ぼくたちは勉強をしているといえるでしょう。逆に、ある真実に向かって思考し、自分なりの答えをだす作業をしているときは学問をすると言います。

 

わかりにくいと感じた方は次のことを考えてみてください。

勉強するとき、ぼくたちは本やネットなどを使ってすでに答えが用意されているものを記憶していきます。他人から学ぶといった行為も同等です。

逆に学問をするときは、前もって答えが用意されているわけではありません。真実だと思える論理的な答えを見つける作業が学問です。

 

どうでしょうか、勉強と学問の違いがわかったでしょうか。

さて、勉強と学問の違いを説明したところで、日本の大学でどのように学問がなされているのかを説明していきたいと思います。

 

 

日本の大学では学問を教えない!?

大学の講義とは学問なのか勉強なのか

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日本の大学では、学問のやり方といったものを教えてくれる教授はほとんどいないように感じます。理系大学生は研究室に入ることで、学部生のうちに学問に触れる程度の機会はあるのかもしれませんが、文系大学生はほとんど皆無です。

 

よって文系大学生にしてみれば、「教授の話聞いているのだから、講義って学問だよね」このように感じている学生も多いと思います。

講義を聞いてノートを写すことが本当に学問といえるでしょうか。

学問とはそんな単純なことではありません。そもそも、学問は他人とともに共同して行うものではなくおおむね一人で行うものです。よって講義のような他人から教授される形での学習を本来学問とは言いません。

 

では、なぜ日本では大学生に学問のやり方を教えないのでしょうか?

 

なぜ日本の大学では学問を教えないのか!?

日本の大学では基本的に学問についてのやり方を教えてくれません。

その理由は2つあるとぼくは感じています。

 

・教授が忙しいor学生に興味がない(教える側)

・日本社会で社会人になった時、学問は必要ではないと思われている(学ぶ側)

 

まず、教える側の問題として2つ。

教授が学問について教える時間がない。

もしくは教授自身が学問なんて自分でやっていくものだと考えている。

これら2つの障壁が大学での学問の教授を邪魔していると考えられます。

 

教授が普段どんなことやってるかを考えてみましょう。講義、ゼミ、研究室といったもののほかに自分がやっている研究、大学の運営関連の業務、論文発表の準備など仕事が山積み状態です。一般の会社員に比べて仕事が少ないように見られがちですが、そんなことはなく仕事もひとつひとつが責任が重い気がします。

 

また、教授とよく話すとわかるのですが基本的に変わった人が多いのが特徴。

その点学問に対しても教えてもらってきたというよりは、自分で積み重ねて来た人の方が圧倒的に多いのです。そのため学問は自分でやっていくものだと考えている教授も多く、やり方を誰しもが教えてくれるわけではないのです。

 

2つ目の理由としては学ぶ側の意欲の問題があると考えられます。大学生に学問してるかと聞くと、社会に出て必要ないからと学問することを拒みます。これが教授が学生に学問を教えてくれない1番の理由ではないでしょうか。そもそもぼくたち大学生は学問を軽んじているように感じます。そしてそのような人間にわざわざ学問のやり方を教えようというほど教授たちも暇ではないのです。

 

これら2つの理由が複雑に絡み合うことで、日本の大学では学問を教えてくれない流れが組みあがったのではないでしょうか。

 

 

社会に出てから学問は必要なのか?

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では、社会に出た時に学問は必要なのでしょうか?

ぼくは絶対的に必要だと考えています。

福沢諭吉の「学問のすすめ」に出てくる一節でこういった言い回しがあります。

 

人は生まれながらにして貴財貧富の別なし。唯学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり、下人となるなり。
引用:福沢諭吉 「学問のすすめ」

人は生まれた時はそれほど差はないが、学問をしない人はおのずと貧しくなる。意味はこんな感じですかね。

学問をしない人間はそれだけ社会に出る際に損をしているのです。これはただ一流大学を出た方が給料のいい会社に入れるという単純なものではありません。むしろ一流大学に入っても、自ら学問をしてこなかった人は社会でつぶされます。

 

社会において大切なことと、学問との共通点は自ら思考することにあるのです。現代日本人は勉強はするのですが、自分の考えを深く掘ったり、ネットを使わずに課題を解決する力にたけていません。

ぼくは社会に出る前にできるだけ学問と勉強の違いを理解し、みなが社会課題や仕事にたいする自分流の思考回路を身に着けるべきだと感じています。

必要最低限の学問でいいので、大学では自ら主体的に学ぶこと心がけるべきではないでしょうか。

 

 

アディオス!!

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