東京で手持ち300円ホームレス生活から学んだこと

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こんにちは、みなさんはホームレス生活と聞いてどんなものを想像するでしょうか?

ぼくは1度だけ東京でホームレスになったことがあります。2月の冬空のもと300円を握りしめて眠った新宿のベンチで考えたことは今でも活きてぼくの中に残っています。

今回はぼくが体験した東京ホームレス生活の全貌と、何をそこから学んだのかを暴露していきたいと思います!

なぜぼくはホームレスになってしまったのか?

あの時は、ぼくの考えが甘すぎました。アメリカ帰りのぼくは、お金を少ししか持たず東京へ!アメリカでも1週間空港泊して乗り切った経験があったので、自分に圧倒的過信をしていたと反省しています。

アメリカ留学時と同じように、家も決めずに東京に突っ込みました😂

 

結果、住所なしでは仕事も出来ず、なけなしの金をパチンコに突っ込んで惨敗。晴れてホームレス生活になります。

 

ホームレス生活の全貌!!

新宿のパチンコ屋さんを出て、この先どうしたものかと途方にくれました。

想像してください。

明日から生きていくためのお金がこれっぽっちもない状況を。しかもよりによって物価が1番日本で高い東京です…

 

握りしめた掌には100円玉が3枚しか残っていませんでした。とにかく、持っているものを売りました。アメリカで買ったものはほとんどそこで売ったと思います。そこで、やっと1万円近いお金が手に入りました。

 

ホームレスは1万円をどう使うの?

当たり前ですが、たった1万円で家を借りることなんてできません。東京の家賃は安くて5万円。初期費用を考えれば、20万円近くは準備して置かなければならないのです。

よって、家を借りることは諦めました。

 

次にぼくが考えたことは仕事に就くことです。仕事についてお金を稼ぎ、そのお金で比較的家賃が安く初期費用のかからないシェアハウスに住もうと決めました。

こうしてぼくは東京で仕事を探し始めました。そして、1万円はその間の食費と交通費に全て消えました。

 

東京の派遣会社は地獄でした

ぼくはホームレスがアルバイトをすることができないという事実を知っていました。最初に言った通り、住所がないからです。

そこでぼくは架空の住所で、派遣会社に登録をしました。派遣会社を選んだのは、応募者が多くて個人を特定するために住所を調べないだろうという確信があったからです。しかしこれが地獄の始まりでした。

 

東京の派遣会社には多くの人が登録を行います。よって、即金性のある仕事が回ってくるのは1週間後とかになります。ぼくは1万円で物価の高い東京で1週間生き抜かなければなりませんでした。

この1週間は100円のホットコーヒーとハンバーガー1個でマクドナルドに泊まる日々でした。

 

ホームレスがマクドナルドに泊まる日々

1日1食。毎日毎日ハンバーガー1個で1週間耐えました。あと、お腹空いたら外で水を飲みました。水はタダですからね。

このことで、普段ぼくたちは食べすぎていることを実感しました。みなさんが思うほど人間は食べ物を摂取しなくても生きていけます。

 

食べ物に関しては、毎日ぐるぐるお腹を鳴らしながらもなんとかなります。

ただ、足腰や、首、肩は1週間で限界がきました。昼間は外で仕事を探し回り、夜はマクドナルドの席に突っ伏してねる。1番幸せな時間は図書館で昼寝をすることぐらいです。みなさんがこの生活をすることは無いと思いますが、3日で身体が痛み始め、お尻が傷ついていきます。

 

さらにこたえたのは、東京のマクドナルドが朝4時ごろに閉まるということ。

2月の朝方、東京はだいたい0度あるか無いかぐらいの気温です。運が悪ければ、雨や雪に降られることもあります。

ぼくはそんな時、新宿駅のベンチに服を重ねに重ねて座っていました。

とにかくこの1週間は壮絶な日々でした。

 

ホームレスのぼくに更なる地獄が…

そんな1週間を過ごしていると、派遣会社からメールが届きました。

 

E-mail:〜

吉田様

申し訳ありません。紹介させて頂いていたお仕事が定員を超えてしまいましたので、今回は見送らせて頂きます。

また、お仕事はありますので、応募してみてはいかがでしょうか。

今後ともよろしくお願いいたします。

 

東京で派遣会社に登録するのは本当におすすめしません。

このメールで、1週間のホームレス生活で力果てていたぼくは我慢の限界がきました。その日からネカフェ生活。3日でお金が尽きました…

 

東京で物乞いを経験

お金がゼロになったぼくは物乞いになります。ふつうに死を覚悟しました。しかしそれと同時にこの状況を楽しんでいる自分もいました。

今でも覚えているのですが、新宿駅の裏側に地下鉄があって、夜でも暖かい風が中から吹いてくるのでそこで寝ていたのですが、いきなり笑いが止まらなくなったのです。10分ぐらい笑ってました。

はたからみたらキチガイですが、ぼくはあくまで冷静でした。ぼくは日本にいる多くの若者が経験したことがないことを経験していることに喜びを感じていたのです。

そして決意しました。今はぼくの人生のどん底。それならここからはもう這い上がるしか無いと。しかも、何千万円の借金とかがあるわけでも無いので、まだまだ挽回のチャンスはいくらでもありました。

 

結局、ぼくは物乞いで食いつなぎながら警備員の仕事をできるようになります。

そこから友達の家に住まわしてもらえるようになり、1ヶ月後晴れて浅草のシェアハウスに住めるようになりました。

あの時物乞いのぼくにお金を恵んでくれた方、家に泊まらせてくれた友達には感謝しています。ありがとうございました。

 

ホームレス生活で学べたこと

結局、東京でのホームレスの状況は2週間続きました。その間親を頼ろうかとも考えましたが、親の反対を押し切ってアメリカへ飛んだので、連絡できませんでした。当時のぼくは自分でなんとか生き延びら事に固執していたのでしょう。

物乞いをやるくらいなら親にお金を借りればよかったと今では思います。しかし、当時のぼくはまだ考えも若く、固執した考えのもとで動いていました。

 

ただ、この東京でのホームレス生活で学んだことは自分を強くしたと思います。

ずっとひとりぼっちで、今まで住んだこともない東京において頭をフル回転させていたので学んだこと経験したことは沢山ありました。

・自分が死ぬかもしれないという恐怖心

・人生の底の経験

・東京に住むという事の厳しさ

・人間は簡単には死なない

・保険には保険をかけるべき

 

そして最も学んだことは、人間はひとりぼっちじゃ生きれないということでした。お金ゼロでホームレスになった時、ぼくは人の力を借りなければ確実に死んでました。

それまで自分1人でなんでもできると思っていましたし、留学が上手くいったのでつけあがっていたのだと思います。

 

これを読んでいる人の多くがこういった状況に置かれるわけではないですが、ふと自分の人生を振り返ったときに多くの人に支えてもらっているのではないでしょうか?

しかし、この事実を強く感じる機会は日常生活にあまり多くありません。大事なことなのに、強く意識している人はすくないのです。

 

最後にぼくが伝えたい事を言います。

あなたは、誰かに支えられ、逆に誰かを助けています。だから、たくさんの人に助けてもらえる、そして多くの人を助けることができる人になってください。

今の日本で幸せに生きていくためにとても大事なことだと東京でのホームレス生活を通じてぼくは感じました。

 

 

では、ウェッサイ!!