大学生が「自由」に生きたいってよく言うけど、自由に生きるってどういう事なの?

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こんにちは、ショーンです!

みなさん一度は自由に生きていきたいと思ったことはないでしょうか?

でも、実際に自由に生きるってどう言う事なのか、真剣に考えぬいた人は少ないと思います。真剣に考えずに自由を手に入れようなんておこがまし過ぎませんか?

 

今回の記事では、「自由」をテーマにして考えていきたいと思いますので、この先どのようにして自分は生きていきたいのか、考えるキッカケとして読んでみてください!

人間にとって自由ってなんなの?

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なぁ、しゅあんおれ、この先、自由生きていきたいと思うんだけども!何からすれば良いのかわからん。

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そもそも、ちーくんにとっての自由ってどういうこと?

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うーん、お金持ちで、仕事しなくて、好きな人と優雅に暮らすこと!

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あーーー。

そんな考えで本当に自由に生きれると思ってんの?

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むりや( ̄∇ ̄)

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いっかい、ちーくんの考える自由について分解して考えてみようよ!

 

そもそも、自由とははっきり言えばただの単語でしかありません。それが何かを知るには分解して考えましょう。

 

自由は分解して理解するべし!

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ちーくんの自由って分解すると4つの自由に分けることができるね!

・経済的な自由

・時間的な自由

・社会的な自由

・幸福的な自由

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なに言いゆうが?

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おっけ、ボードで説明する!

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分解する意味わかった?

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なんとなしやな

でも、おれの自由ってこんな細かくできるがやね。

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そう、まずは分解することが第一歩!

ちなみにおれの自由とちーくんの自由って同じじゃないよ!

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違うがーΣ( ̄。 ̄ノ)ノ

しゅあんの自由ってなによ?

 

自由の形は人それぞれ違う!

自由とはひとりひとり違う形を持っています。

わかりやすいように、ぼくとちーくんの自由を比較してみましょう。

 

ちーくんの自由はさっき言った通り、4つに分けられます。

・経済的な自由

・時間的な自由

・社会的な自由

・幸福的な自由

 

逆にぼくの自由はどうでしょうか?

ぼくは、多くの人と出会い、世界中を飛び回って仕事をしながらあらゆる知識を吸収すること、自分の家族を持って幸せな暮らしをすることをまとめて自由と言っています。

 

この中には、

・土地に縛られない自由

・知的欲求を満たす自由

・幸福的な自由

このような自由があります。

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そんなん言われても、何が違うかわからん。

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おっけー!

じゃあ図で説明するね。

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このように「自由に生きる」ことは、一言で表せるものではなく、人それぞれに違う形を持っているものだと思ってください。

 

社会によって自由は抑制されている

さて、今回の本題に入ります!

みなさんの中には気づいてない人もいるかとは思いますが、実は「自由に生きる」こととは社会によって抑制されています。

詳しく話をすると、社会はたくさんの人によって作られていますよね。

となると、たくさんの人の自由はお互いにぶつかるようになっているのです。

 

例えば、ここにりんご1つと、りんごを丸々1個食べたいという2人の人間がいるとします。こうなると、2人の人間がりんごを丸々食べたいという気持ち、つまりりんごを食べる自由がぶつかってしまいます。

「半分ずつに分ければいい」

「もう1個買ってくればいい」

こういう意見もあるとは思いますが、りんごではなく車であればどうでしょう。

もう1台買ってくることができるでしょうか?

車はそんなに簡単に買えませんよね。

 

このように、お互いの自由がぶつかった時に、ぼくたちは折り合いをつけています。それこそが、社会から自由が抑制されている根源です。

こればかりは仕方ありません。

 

本当に自由になりたい。

そう思うのであれば、誰とも関わらず人里離れた場所で一人ぼっちでいきていかなければなりません。ロビンソン・クルーソーのように…

 

しかし、多くの人間は人間社会で生きていくことを望んでいると思います。

そうなれば社会は、いき過ぎた自由を決して許しませんし、人間社会に居たければ、法律などの最低限の抑制は守らなければなりません。

これが、社会が自由を抑制するということです。

 

自由の定義を考えた哲学者サルトル

まずサルトルが言った「実存は本質に先立つ」

この言葉の意味を理解できる人はいるでしょうか?

人間は、自分自身が成長していく上で、様々な知識や経験をして、その判断の蓄積によって、初めて自分を認識出来ると彼は言います。
つまり人間は、生まれて来た時に絶対的な役目などはハナから持っていなく、その役目は自分が選択するし、理解し、初めて自分たちは存在出来ると言っているのです。

この一連の行為を、サルトルは自由としました。

つまり人間は、その存在の意味すら自由に選択出来るので、全ての行為や思考は自分自身の選択以外有り得ない。

だから人間は、全ての行為や思考に対し「責任転嫁」や「正当化」すら出来ない。

彼が何を言っているかというと、

今の自分とは、自分が何度も選択して作り上げて来たものだ。

だから、自分とは自由の塊そのものである。

よってあなたは、自分が自由でないと言うような責任転嫁をしてはいけないし、自分が自由でないと言い訳(正当化)もするべきでない。

 

ちょっと難しい話ですが、自由を感じれない人はこれからの人生の選択において、自由を感じられるような選択をひとつひとつしなさい。

こう言われていると思ってもらえたらいいです。

 

自分の自由を見つけてみよう!

ここまでで、自由というものがどういうものか、なんとなく理解できたのではないでしょうか?

では、自分にとっての自由とはどんなものか考えてみてください。

 

コツは、自由を分解して考えること。

ただただ自由に生きたいと言っているだけでは、決して達成できるものではないのです。自分の中にある、自由の価値観を噛み砕いて紙にでも書いてみてください。

 

分解すれば、自分が何をすれば自由に生きていると感じられるかがわかります。

もちろんその自由は社会に抑制されるでしょうし、ここから先、選択した生き方を否定することはできません。

でも、それが自由です。

思ったより自由とは当たり前のことだったり、すでに自由を手にしているのに、自由に生きたいなんて言っている人もいたかもしれませんね。

なんにせよ、自分にとっての自由を再発見することは、自分の人生を軽やかにしてくれるとぼくは感じています。

 

最後に自由に生きることにはリスクがあることを伝えておく!

最後に、自由を追い求める同じ若者に、ちょっとだけ経験から学んだことを伝えます。

自由は本当に素晴らしいです。

ぼくは、どれだけ縛られそうになっても、自由に生きていきたいと思っています。

 

しかし…

現代社会で自由に生きるには、とても大きな障壁があることも理解しておきましょう。

ぼくは、実際に自由にいき過ぎて、真冬の大東京でホームレス生活を経験しました。

実際にサルトルがいうように、どんな人も自由に生きているのです。

どれだけ、不都合な縛られ方をしているとしても、それを選択した自由があなた自身にはあります。その中で、自分のしたいことをし続けていると、辛い目にあうことがあります。

 

自由の代償は、あなたが自由であればあるほど、大きなものとなってあなたに降りかかります。

その覚悟を持って、自由に生きてください。

 

ウェッサイ!!