小説「君の膵臓をたべたい」を読後に映画を見て欲しい!(ネタバレさわり程度)

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(参照:http://arasuzitaizen.com/2016/09/13/kimisui/

君の膵臓を食べたい。

そんな一言が伝わったのか、伝わらなかったのか。その言葉に込められた想い。ヒロインの気持ちを代弁したくなるこの淡い感情はなんなのか。

全ては読んだ後の納得感が物語る作品です。

 

タイトルに「膵臓をたべたい」なんて言葉が入っているので、何だこの小説はと思い手にしてみたのですが、18切符で東京から大阪に向かっていた電車の中で号泣してしまいました。

隣に座っていたおばあさんが、心配そうにしていたのには気づいていたものの、涙が止まらなかったです。

東京駅の本屋さん、手にとってよかった…

ぼくの中でいつまでも心に残る小説となるであろう「君の膵臓をたべたい」について思うことを書いていきたいと思います。

名前のないぼくと日常のない彼女

 

ある日、高校生の僕は病院で一冊の文庫本を拾う。タイトルは「共病文庫」。それは、クラスメイトである山内桜良が密かに綴っていた日記帳だった。そこには、彼女の余命が膵臓の病気により、もういくばくもないと書かれていて――。読後、きっとこのタイトルに涙する。デビュー作にして2016年本屋大賞・堂々の第2位、75万部突破のベストセラー待望の文庫化!

引用:Amazon CAPTCHA

あんまりネタバレさせたくないので、深くは書きませんが対称的な2人が織り成す淡い青春の非日常です。

主人公の少年の名前は最後まで出て来ません。

これが何を意味しているのか?シーンごとによって変わる少年の意味は?などたくさんの想像ポイントがあるところが面白かったです。

 

また、ヒロインの山内桜良に、主人公だけでなく、読者までもが振り回されてしまうほど感情移入させられる作品でした。

滅多なことでは泣かないぼくですが、どうして自分が号泣したくなったのかが全くわからないほど感情移入したおかげで、小説「君の膵臓をたべたい」の世界観を余すことなく楽しめました。

あなたも泣かされること間違いなしです!!

 

タイトルに負けちゃダメです!

まず、手に取りにくいタイトルですよね。

君の膵臓をたべたいなんて日常生活では書くことの絶対にないフレーズ。ホラー映画でこのタイトルを見たらいの一番に敬遠しちゃいます。

 

でも手にとってページを開いて見てください。

そんな懸念とは裏腹に、まるでマクドナルドのフライドポテトかと思うほどのスピード感で読み終えてしまうはずです。

この小説への壁はタイトルひとつ、この壁を乗り越えた先にどんなストーリーが待っているのかワクワクしてきたらあなたの勝ちですよ。

 

伏線の回収がとにかく斬新

伏線の回収がうまい作家としてはすぐに村上春樹さんの名前が上がると思いますが、住野よるさんはまた一味違った回収の良さがあります。

うまいという表現は少し適してなく、持っていき方が斬新。そう、アグレッシブなのです。

 

村上春樹さんの場合は丁寧に回収していく、または回収せずに放置すると言った形で読み進めやすく、想像も膨らむ伏線が散りばめられているのですが、住野よるさんは「君の膵臓をたべたい」が小説家としてのデビュー作だけあって、伏線の回収の仕方がすごく斬新なのです。

ぼくは村上春樹さんの伏線回収が大好きなのですが、「君の膵臓をたべたい」を読んでこれはこれでアリだなと思わせるやり口でした。

もしかすると小説大好きマニアの間では意見が割れる作品かもしれません。

 

若者が死を考える独特の浮遊感

読んでいる人が若いほど、この小説は響くかもしれないとぼくは思いました。

ぼくもまだ22歳の若造ですが、死に直面する経験が少ないためか、死を題材にした小説を読んでいてもどこか気もそぞろな感覚になります。この独特の浮遊感に似たものがクセになる作品だと感じました。

 

これはあくまで予想ですが、筆者の住野よるさんにも死というものがなんなのか明確には理解できていないように思います。おそらく、執筆時には自分の中でも「死」についてのイメージをこねくり回していたことでしょう。

しかし、明確ではない中で書き綴った作品だからこそ、死と直面している捉えどころのないヒロインがとても引き立っていました。

 

死と向き合いながら、それを家族以外のたった1人。地味で、クラスでも浮いている少年に打ち明けるなんて普通じゃ考えられません。

このなんとも言えない若さからくるであろう独特の浮遊感を感じながら読むと、一層この作品が好きになるでしょう。

 

読後のタイトル「君の膵臓をたべたい」からは想像できなかった爽快感に驚き

正直、最後の伏線にはぼくは少しだけ気づいてしまいました。彼女の死についてです。

しかし彼女の遺書(仮)を読んでいくと涙が止まりませんでした。

これぞ小説の良いところ!とも言うべき言葉たちが所狭しと、まるでPCのキーボードのように一言々々ぼくの心を打つのを今か今かと待っていたからです。

 

しかし、号泣の後に残ったのはどこか清々しい爽快感でした。

夏休みの市民プールでひと泳ぎした後の夕涼み

そんな感覚になったのを覚えています。

なんでだろうと思って2度目を読んだ時にその理由に気がつきました。これは自分の中の感覚なので正しいかもわかりませんし、ここで晒すつもりもありません。

ただ、1回読んだだけでは収まりがつかずについつい2度目も読んでしまう作品だったという事実は、小説を読んだ人には分かってもらえるのではないでしょうか?

 

あなたも、タイトル「君の膵臓をたべたい」からは想像もつかないこの爽快感に驚かされることでしょう。

また2度目の初ページを開いてしまっても、しょうがない作品です。心置き無く、もう一度あの世界観に引きずり込まれてしまいましょう。

 

映画の前に小説を読もう!

よく、小説と映画を比較して小説の方がよかったなんて話が上がりますが、あたりまえです!

映画は視覚的描写が入ってくるために、独自の想像性がおりの中に閉じ込められてしまうからでしょう。

 

とくにこの手の、明確には表現されていない抽象的ゆえの良さを全面に押し出している作品は、絶対に小説を先に読みたいとぼくは考えています。

みなさんも余裕があるのであれば、ぜひオリジナルの小説を先に読んでから映画館に足を運びましょう!

ぼくも来週には映画を見てくる予定です。

 

 

まだ読んでないって人はぜひ一読して見てください!

 

では、アディオス!